まあなんていうか、マスカレードのシーンの字幕が
「仮面?」  「かぶらにゃ
「仮面だらけだぜ!」  「仮面をつけにゃ!」
などといったものにならず良かったナァ・・・

あと、「ファントム、おっ死ね!」とか「歌?」とか
「クリスティーヌかもだ!」とかそんな訳じゃなくて良かったかもだぜ(遠い目)。

細かいことを言い出すとキリがないのですが、作品世界を理解する上で重要と思われる部分と、
日本語としてあまりにも不自然なため、映画に集中できなくなると感じられる箇所を挙げておきます。

*映画版の脚本を持っていないのと、英語力がかなり怪しいのとで、
勘違いしたり間違ってるところもたくさんあると思います。
そういうときはどうぞこっそり教えてあげてください。

*ここにあげた誤訳・珍訳はごく一部です。全部を見たい方はこちらへ(DVD版字幕検証もあります)



■=劇場上映字幕
■=DVD字幕


「あなたに落札しました」(Sold!)
「落札されました」修正!
しょっぱなから・・・!
日本語として不自然。「あなたが落札しました」もしくは「落札者はあなたです」が妥当。
さすがなっち、冒頭から期待させてくれます・・・。


「初日」(gala)
「初日」未修正

クリスティーヌが「Think of Me」を歌うのはオペラ全幕公演じゃなくてガラコンサート。
だから、衣裳がシシィ(オーストリー皇后・エリザベート)風であってもおかしくないというわけ。
ガラが初日だったかどうかはわからないですが、カルロッタが「3幕の衣裳ができてない!」と騒いでいたので
あるいはガラコンの初日だったのかもしれません。


「アマチュアだね」(Amateurs!)
「アマチュアだね」未修正

カルロッタが「歌わない!」と癇癪を起こし、オペラ座からピアンジらを伴って出て行こうとしていくシーン。
ピアンジが立ち去る際に、歌姫のご機嫌を損ねた支配人たちにかけた言葉。
歌手の扱いがわかってない、スターの扱いがわかってないね、という皮肉を込めた言葉なので、
「アマチュアだね」だとちょっと弱い。そして新支配人はフィルマンとアンドレという二人なので
「ど素人どもめ!」あたりのほうがいいのではないでしょうか。


「ブラボー!」(Brava, brava, bravissima/Bravo)
「ブラボー!」未修正

クリスティーヌに向けられた賛辞。ファントムはbrava(ブラヴァ)と、ラウルはbravo(ブラボー)と言っています。
bravaはイタリア語で女性(単数)に向けた賛辞、bravissimaは最上級の賛辞となります。
英語では何でもかんでもブラボーなんですが、イタリア語だと、bravoは男性に向けての賛辞となります。
これは、音楽のことをあまり知らないラウルと、音楽の天使であるファントムとの対比でもあるのできちんと
違いを出して欲しかったなぁと。芸術好きそうなアンドレさんも、ちゃんと「Brava!」と言ってるので、この
ラウルの間違いはかなり意識してそうしてある思うのですよ。
ちなみに、舞台版ではファントムはBraviと言ってます。これは舞台全体に対する賛辞となります。


「ファントム オブ オペラ」(THE PHANTOM OF THE OPERA)
「ファントム オブ オペラ」未修正
・・・ビミョー。なぜ冠詞をぬかすかね。
字数がというなら、フツーに「オペラ座の怪人」にすればいいし、音声との統一をというなら
せめて「オペラ座のファントム」にすればいいのでは?
字幕作成の苦労として「字数制限がある」ことがよく言われていますが、「オペラ座の怪人」では
このほかにも字数制限では説明がつかない字幕がいくつか見られます。
例:「ペルシャ衣裳のモンキー未修正」→「猿」でいいじゃん。もっと言うなら「ペルシャ服を着た猿」の方がいいかも。
  「あなたの舞台、パーフェクトだったわ!未修正」→「完璧だったわ!」でいいじゃん。
  「音楽のパワー未修正」→「音楽の力」でいいじゃん。
  「我々の目は節穴?未修正」→「我々の目は節穴か?」一文字増えるがこのほうが日本語として自然
  「そういう私にどう報いた?未修正」→「その私にどう報いた?」あるいは「そんな私に」の方が日本語として自然。


「すぐに連れ戻すよ」(I shan't keep you up late!)
「すぐに連れ戻す」未修正

再会したクリスティーヌを食事に誘うラウル。音楽の天使は厳しいからダメと断るクリスティーヌに対しての言葉。
「連れ戻す」って・・・もう行ってしまってる人に対して使う言葉じゃないかなぁ。
ここは「遅くまで引き止めないよ」あたりが妥当では?


「私から勝利を奪う気か」(sharing in my triumph! )
「私の勝利を奪う気なのか!」未修正

クリスティーヌといい感じになってきたかなーという時に突然現れたラウル君に向けてのファントムの宣戦布告?
この時点でファントムは、まだクリスティーヌを手に入れているわけではないけれども、これまで大事に育てて きた実績(笑)があり、クリスティーヌも自分のことを信頼していると確信している。あとから出てきたオマエ なんかにゃ負けないぜ!っていう、ラウルを見下した感じがしないといけません。あくまでもラウルと対等では いけないのです。だから勝利も奪われちゃだめ。私が勝ち得るはずのものを、オマエは後から出てきて おこぼれにあずかる気か?あつかましい!というニュアンスだと思います。


「私から逃げないで」(hide no longer)
「隠れるのはやめて」修正!

鏡の中から聞こえる音楽の天使に向けてのクリスティーヌの言葉。
いや、エリック逃げてないし。てか、姿現したくてウズウズしてたはずだし(笑)。
まだ一度も姿を見ていないんだから「逃げないで」ではなく「もう隠れないで」あたりの方が、後に出てくる
「姿を現して私を導いて」につながると思うんだけどなぁ。


「美女を夢見ている」(・・・a beast but secretly dreams of beauty, Secretly, secretly... )
「美を夢見ている」修正!

「美女と野獣」とかけてあるのかもしれませんし、間違いじゃないかもしれないけど、冠詞 a がついてないし、
前後の流れから見ても概念としての「美」の方がしっくりくると思います。
美女に憧れてるからクリスティーヌを好きになったんじゃなくて、怪人の求める「美」を体現したものが クリスティーヌだった、という解釈で。
ここが「美女」になっていることや、最後の地下室で「女の肌への欲望(未修正)」とか「肉の悦び(未修正)」とかいう訳が
続いたことで、クリスティーヌじゃなくてもよかったみたいなニュアンス(平たく言ってしまえば、ヤリたい盛りの男が、
女なら誰でもいいと思っているような)が出てきてしまって。明らかな誤訳
じゃないけど、作品世界を理解してない
訳が続くと、それが重なり合って大きな誤解を招くなぁと。


「知るか!」(Weel,how should we know?) 「それが・・・」修正!
「バカ言うな!」(Of course not!)「まさか!」
修正!
「どんな手紙なのかね?」(And what is it that we're meant to have wrote?)
「一体 どういう内容の手紙なんです?」修正!

クズ鉄業で成功し、パリ・オペラ座の新支配人となったアンドレとフィルマン。
片や子爵でオペラ座のパトロンでもあるラウルくん。
成金の支配人が貴族のラウルにこんな言葉遣いするわけないです。
むしろ「馬鹿こくな!」「こいてねえ!」(「チェンジング・レーン」なっち作の字幕)と訳せばいいかもだ!(嘘)


「彼の言うことを真に受けないとあとがこわいわよ」
(Monsieur, believe me there is no way of turning the tide! )

「あの方の言葉を見くびると 後が怖いわよ」・・・修正?「言葉を見くびる」って日本語として変では?

一瞬「ん?」となったのは私の日本語が不自由だからですか?
「真に受けるとこわいわよ」ならわかるけど・・・。
「彼の言うことを聞かないと」でいいのでは?


「知らぬが仏の亭主」
「知らぬが仏の亭主」未修正

劇中劇の「イル・ムート」で妻に浮気されているご主人さまのことを周りの召使たちがあざ笑うシーン。
これは誤訳じゃないけどフランスの、しかもオペラをやってるという設定なのに「仏」って・・・
さらに、伯爵夫人さまが「亭主」って・・・
違和感を覚えるかもだ!


「わかっているはず 愛しているよ」(You Know I do)
「わかっているはず 愛しているよ」未修正

クリスティーヌとラウルが愛を確かめ合う「「All I ask of You」の歌詞。
「Say you love me . . .(愛していると言って)」とかわいく甘えるクリスティーヌに直接答えず
この歌詞が続きます。
この歌はラブソングにも関わらず、「I Love You」という言葉が出てきません。そこが醍醐味であり、
さらにこの歌の後、舞台に戻るクリスティーヌに向けた「I Love You」が非常に印象深くなるという
効果も狙っていると思います(そしてこれは、ラストのファントムからの「I Love You」にも呼応している)。
これは完全な誤訳ではないのですが、非常に練り込まれた原詩を無神経に訳している気がします。


「君は僕の隣に座る」(And Soon you will be beside you)
「君もすぐに来るんだよ」修正!

「馬車を用意してまってて」というクリスティーヌに対して答えたラウルのセリフ。
「君はすぐに戻ってくるよね」というような意味だと思うんだけど。まあ隣でも膝の上にでも座ったらいいけど。


「私の贈り物!お前は私の物!」(Your chains are still mine. You belong to me! )
「放すものか!お前は私のもの!」・・・修正

贈り物??いやそれ、ラウルからの贈り物だから!エリック贈ってないから!もう意味不明・・・
おそらくネックレスのチェーンと二人の「絆」のダブルミーニングだと思うのですが、どこから贈り物が
出てきたのやら・・・。
「私とお前はまだつながれている。お前は私のもの!」
「私たちをつなぐ鎖は私の手の中にある!お前はまだ私のものだ!」あたりかな〜?


「戦争を宣言する」(Now let it be war upon you both!)
「戦争を宣言しよう!」未修正

日本語としておかしい。正しくは「宣戦を布告する」


「情熱のプレイ」(passion-play)
「情熱の受難劇」修正?  さらに意味不明に。「情熱」は不要。

非常に官能的な映像に表れる破壊力満点の字幕。
「プレイ」て!17歳・天使さまを信じているクリスティーヌちゃんに劇中劇とは言え、こんな セリフを吐かすとは!
日本でもミュージカルと区別して「ストレートプレイ」という表現をするが、現代日本で「プレイ」というと
SMプレイ」とか「放置プレイ」とか「痴漢プレイ」とか「赤ちゃんプレイ」とか、
なんかまぁとりあえず性的なイメージが・・・。
かなり官能的なシーンなので、ここで「んまぁ、このあとファントムとクリスティーヌはあんなコトやこんなコトして
お楽しみなのね」と勘違いしてしまった人は多いのではないかと思われます。
ちなみに劇団四季版は「ふたりきりの物語」、サントラの日本語訳は「受難劇」となっています。
pssion-playは成句で「受難劇」という意味ですが、これについては賛否両論あります。
私個人としては、十数年前に入手した舞台版サントラの訳詩(字幕同様、「情熱のプレイ」となっていた)
を見てびっくりし、辞書をひいたら「受難劇」と出ていて、それですんなり納得できたので、映画版サントラの
訳詩と同様、あそこは「受難劇」と訳せばよいのではないかと思っています。
しかし、男女の情熱的な結合(んまあ!)を表現する言葉として使われているという報告もあります。
ですので、これはどちらに取ってもよいのかなーと。ただまぁ、わざわざ受難劇と同じ音を持つ言葉を
もってくるというのは、少なからずそっちを連想させるためではないかなという気持ちはあります。
*この「Point of No Return」という歌は、かなりセクシャルな意味がこめられているので、
 passion-playにもそういうことを想起させるための確信犯的な部分もあるのかもしれません。
 また、「情熱的な芝居」というイメージを想起させるため、という意図も多少は含まれているのかとも
 思います。ただ、格調高い言葉で淫らな誘惑を仕掛けるのが「ドン・ファン」の面白いところなので、
 単なるセクハラオヤジみたいな言葉は使わないでほしかったと。ていうか、「私たちの情熱のプレイ」
 って、単純に日本語としておかしいし。

*色々な説が出ていますが、宗教的な下地があってこその言葉選びであるということで、日本人には
 深く理解しきれない部分もありそうです。
 この後の展開がまさに「わが身を犠牲にして民を救う」キリストの受難を、ファントムはクリスティーヌ
 に求めている(自分を救えと求めている)、そしてラウルはその「受難劇」を見届けた「使徒」的役割である
 という説もあります。非常に興味深いですね。
 その説から考えると、暗喩やダブルミーニングとしての「情熱的な芝居」やセクシャルな意味というのは、全く
 含まれていなくてもいいのかもしれないと思います。
 この辺の感覚は、英語圏、しかもキリスト教的素地がないとわからないので、引き続き情報をお待ちして
 います(私ももちろん調べてみます)。
*「受難劇」がふさわしいと思っているのはあくまでも私個人の意見ですよ〜。 
 掲示板にも書かせていただきましたが、私はこの歌を、ファントムとクリスティーヌの終末を予感させる歌
 だと思っているので・・・。でも、男女の性愛を歌っているんだ、というご意見もひとつの解釈だと思いますし、
 それを否定するつもりはありません。


「ロープに首を絞められないように気をつけて!」(ちょっとうろ覚え)(your hand at the level of your eyes! )
「ロープで絞められぬよう手は上に」修正!

地下の隠れ家に連れて行かれたクリスティーヌを取り戻そうとするラウルに対してのマダム・ジリーの警告。
ただしくは「手を目の高さにあげておきなさい!」この一言がなかったために、ラウルが横断歩道を渡る小学生
のように手を上げている理由がわからない。
さらにこの後、「The Punjab lasso, monsieur. First Buquet.Now Piangi. ("パンジャブの輪"です、ムッシュ。最初は
ブケー、次はピアンジ)」という一節がありまして、これによってファントムの必殺技(笑)によって二人が殺されたこと、
そして、同じようにその技がラウルを襲うであろうことを示しているわけです。
地下の隠れ家に辿り着いたラウルは、まさにその"パンジャブの輪"に捉えられるわけですが、その際ファントムは
「Order your fine horses now!Raise up your hand to the level of your eyes!
(今こそお前の素敵な馬車を呼んでみろ!手を目の高さに上げておくことも忘れるな!」とラウルを嘲ります。
このように同じフレーズ・単語が呼応して出てくるのですが、なっちはそのへん、あんまり意識してないと思われます(泣)。
("馬車"は一幕ラストのクリスティーヌのセリフ「Order your fine horses!」と対になっています)


「ぼくを裏切らないでくれ」
「君を失えば 僕は終わり」修正 微妙だけど

ファントムの隠れ家にクリスティーヌを追ってやってきたラウルくん。せっかく彼女を見つけた嬉しさで
マダム・ジリーの忠告(目の高さに手をあげて)を忘れたために首に縄をかけられてしまいます。
クリスティーヌに対し、どちらかを選べと迫るファントム。ファントムを拒否すればラウルは殺される。
ファントムを選ぶということは、ラウルと別れ、闇の世界で生きなければならない。そんな究極の選択を
クリスティーヌは迫られているわけです。そのシーンでラウルくんは泣きながら歌っているのですが、
泣き顔と字幕のセリフがあいまって、ものすごく情けない人になってしまっています
情けないだけならいいのですが、「自分が助かりたいために、クリスティーヌに助けを求めている(ファントムに
従ってくれと懇願している)」ように見えてしまいます。
さらにその後のクリスティーヌの行動の動機もひどく矮小化されてしまうことになります。

ファントム・クリスティーヌ・ラウルによる三重唱のシーンで、原詩(ロンドンオリジナルキャスト版参照)では

Christine,forgive me,please forgive me...     クリスティーヌ、どうか僕を許してくれ
I did it all for you,and all for nothing...       全ては君のためにやったことだけど無駄だった
Say you love him, and my life is over        彼を愛していると言えば、僕の人生は終わる
Either way you choose, he has to win       どちらにしても彼の勝ちだ
Why make her lie to you, to save me?(to PHANTOM)僕を助けるために、彼女に(お前を愛していると)
                                  ウソをつかせるのか?
For pity's sake, Chiristine, say no!          頼む、クリスティーヌ、「ノー(怪人を愛していない)」と言ってくれ
Don't throw your life away for my sake       僕の命を救うために、君の人生を犠牲にしてはいけない
I fought so hard to free you              僕は君を自由にするために闘った

と歌っています。
しかし字幕では、 「僕を裏切らないでくれ」「彼女にウソをつかせるのか?」「君を助けたかったんだ」(ちょっとウロ)
というような3行しか字幕がついていなかったと思います。
てか、「僕を裏切らないで」ってドコで出たんだっけ?(今度確認します)
*確認したところ、Say you love him, and my life is overのあたりで出てました。ラウル哀れなり・・・
同時に3人が歌うので、全ての歌詞に字幕がつけられないという事情はあるでしょうが、この字幕からは、
「自分の命を捨ててでもクリスティーヌを怪人から救いたい」というラウルの一途な愛が見えてきません。
正直、「なぜそこを訳す?」と疑問に思います。 ラウルの歌の中で一番伝えなくてはいけないのは
「Don't throw your life away for my sake」だと思うのですが・・・。

どうせ3行しか出せないのなら、この際、歌と字幕の出るタイミングは一致しなくてもいいから、
「僕のために犠牲になるな」あるいは「僕を見捨てろ(四季訳)」を入れるべきだと思います。


「あなたに惹かれたことを!」 (you are not alone )
「あなたが孤独でないことを!」修正!

この作品中、一番大切ともいえるこのシーンでやってくれました。
ここはそのまま「あなたは孤独じゃない」と訳すべき!! というか、なんで勝手に脚色するのか理解に苦しむ。
なぜ「惹かれていた」という意訳がダメなのかというと、舞台版や原作ではクリスティーヌがファントムに対して
恋愛対象として「惹かれていた」かどうかははっきりさせていないからです。
ここはファンの間でもいろんな解釈があるのですが、恋愛感情だけでなく母性愛、慈愛とも言えるもっと大きな
「愛」だったのでは、と思います。

「私もアナタのこと好きよん」→チューだと、そのあとなんでファントムが呆然としてラウルとクリスティーヌを解放
するのかがわかりませんし、愛の告白した割りにあっさりとラウルと一緒にラブラブな歌を歌いながら去っていく
クリスティーヌはもっと理解に苦しみます。尻の軽い二股女にしか見えません。
また、先の「僕を裏切らないで」というラウルくんの泣き落としのあとにこの言葉とチューだと、ラウルを助けたいために
嘘をついているようにも見えます(もともとそういう解釈をしている人もいます。が、ここで問題なのは、そういう解釈を
限定してしまう訳は作品の意図をゆがめてしまいかねないということ)。

〜〜ここからはオタの妄想モード〜〜
「POINT OF NO RETURN」の後でファントムは
「Lead me,save me from my solitude(孤独から救って欲しい)」と言ってます。
母親にさえ疎まれ、見世物にされるだけの人生・・・生まれて一番最初に受けるはずだった愛情を得られなかった
「渇き」がファントムの心にずっとつきささっている。
だからこそ、その愛情を与えてくれると思える存在=クリスティーヌにあそこまで固執してしまった。

仮面の下の顔を見ても、クリスティーヌはファントムのことを拒絶はしなかった。
それは、肉親の愛情が得られない孤独感と、「美」に憧れる芸術家の魂が共鳴し合ったからだと思う。
だから、ファントムはクリスティーヌに全てを求めてしまった。
母親のような無償の愛 ・恋人としての燃えるような性愛・芸術家としての彼の魂の表現者への憧憬・ 彼と人生を共にする伴侶としての愛・・・
クリスティーヌはファントムにとって唯一にして絶対の存在になってしまい、だからこそ、どんなことをしてでも
クリスティーヌを手に入れたかった。
人生において愛を与えてもらえなかったファントムは、「愛し方」を知らなかった。
ほしいものを手にするには「奪う」しかなかった。

そうして奪ったクリスティーヌがくれた「あなたはひとりじゃない」という言葉と、人のぬくもり、愛情・・・。
このクリスの言葉とキスで、ファントムは本当の愛というものは奪うものでなく与えるものだと気付いたのでは
と思っています。
ここのクリスティーヌの心情としては、もうラウル云々は蚊帳の外で、ただただエリックの心の闇、ゆがみに対して
母のような愛情で「一人ぼっちなんかじゃない。私はあなたの魂と共鳴しあった。あなたの顔が醜いからといって
その魂までも醜いとは思っていなかった」ということを伝えたかったんだと思う。
そういう意味では四季版の歌詞「今見せてあげる 私の心」はあながちおかしくないかもしれない
(いや、満足してはいないけどさ)。
その「心」が、恋愛感情なのか、母のような慈愛なのか、もちろん両方含むという解釈もあり(てか、こっちの方が
大多数かな)だと思います。そのへん、全く触れずに「孤独じゃないわ」「あなたのことが好きよ」といった感情を
「私の心」とあいまいにしているのは、感情をはっきり伝えることが苦手な日本人にしっくりくる表現なのかなと
思ったりもしました。

*この、クリスティーヌのキスというのは、演じる役者さんによっても色々解釈があるようですし、見る側の
 年齢や立場、状態などによっても、さまざまな受け止め方があります。これが絶対正解、というものは
 多分ないと思います。
 ただ、少なくとも私は、このシーンのクリスティーヌは音楽の天使に庇護されていた未熟な存在ではなく、
 また、ラウルに守られているだけのか弱い少女でもなく、なんというか、神様の領域にまで上ったような
 感じがするんですよ。
 この前のシーンで「Pitiful creature of darkness・・・What kind of life have you known...?」
 と歌っていますが、このとき彼女はエリックの深い孤独と、それゆえに歪んでしまった精神、そして歪まねば
 生きて来れなかった彼の人生に思いを馳せ、ただただ純粋に憐れんでいたのではないかと思うのです。
 このシーン、字幕では「なんて哀れな生き物 あなたはどんな人生を知っているというの?」となって
 いました。確かに間違いではないのですが、他の微妙な誤訳が積み重なり、マイナスの方向でこのシーンに
 覆いかぶさったような気がします。なんというか、クリスティーヌがファントムをものすごく嫌悪して、非難しているように
 見えてしまったんです。そのあとに「あなたに惹かれていた」とくると、余計にあざとい、イヤな女に見えてしまって・・・。
 
 直訳すると「闇の中の哀れな(神のつくりたもうた)生き物よ あなたは一体どんな人生を
 送ってきたというのでしょう」あたりになるでしょうか。
 キリスト教についてはほとんど知識のない私ですが、神が人を愛するように、誰かを愛する・・・
 その存在自体を無条件に愛するような・・・上手くいえないけれど根源的な「愛」を教える
 などということはおそらく非常に困難で不遜なことなのかもしれません。
 けれど、それでも、闇に彷徨う彼を救いたい、と思ったからこそ、クリスティーヌは神様にお願いを
 したのでしょう・・・「どうぞ勇気をください」と。
 「私に神様になる力をください」という意味にも取れるのでは、と思ったりもします。



「音楽の天使」angel in hell)
「"地獄の天使"の秘密を」修正!

ここはぜひそのまま「地獄の天使」としてほしかった。
「君の愛した音楽の天使はもういない、ここにいるのは愚かな地獄の天使だ」と二人を解放するファントムの
哀しい自虐的な言葉です。



参考・四季訳との比較


*ご意見・ご批判・他にもあったかもだぜのご報告などいただけると嬉しいです


実際に、字幕を見て誤解している人がいるかもだぜ!
DVD化の際には改善を?
しなきゃコトだぜ! →→ 改善されませんでした(8/26DVD発売)・・・詳しくはこちら


管理人の映画版の感想を読んでみる(このページよりさらに妄想爆発気味)→

戻ると?